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パソコン経歴

コンピューターとの出会い

大学3年の時、実習で触ったのがはじめて、タイプライターのお化けのような大型コンピューターの端末で、簡単なフォートランのプログラムを書いた。大学の ときに今のパソコンがあったら、卒論書くのも楽だっただろうとつくづく思う。徹夜する必要なんか無かった。今の学生さんは幸せだ〜。


Lkit−16

ある日新しい物好きの親父が、ワンボード・コンピューターのカタログを持ってきた。PANAFACOM(現在では、PFUという会社になっている。)の LKIT16(組み立て式、今のPCの組み立てとは違うよ!半田ごてで、抵抗やメモリーソケットなどを基盤に取り付けるキーボードも自分で組み立てる。) というものだった。当時のワンボードコンピューターというと、CPUは、8ビット、今のマザーボードにテンキーのようなものが付きLEDの電卓の表示画面 のようなものがあるだけのものだった。しかも入力は,機械語を使うという代物だった。しかし、Lkit16は、16ビットCPUでアセンブラでプログラム を入力できるという画期的なものだった。このCPUは、現在のRISCコンピューターのように命令は、すべて16ビットに統一されており、Intelの CPUよりずっとプログラミングしやすかった。


PC−8001

日本のパソコンの元祖。本体は、フルキーボードのでかいやつと思えばいい。グラフィックスは、簡易グラフィックスしか表示できなかったが、BASICが使えた。

PC−9801

NEC初の16ビットPCだ。グラフィックス性能も格段に向上した。(640*400ドット)なんて美しいんだ。
N88−BASICを利用するようになった。


PC−98XA

ハイレゾリューションPC漢字が24ドット表示できる。明朝体の文字が新鮮だった。
MS−DOSを利用するようになった。このパソコンは、DOSでなければ動かなかった。
BASICでパソコンを動かしていた時代から、DOSの時代へと突入した。
でも、ソフトが無い。自分で会計ソフトをBASICで作成して利用。後は、一太郎XAというハイレゾ版のワープロソフトがあっただけ。
「ソフトなければただの箱・・・」か


PC−98XL

ハイレゾリューション+標準解像度PC。アプリが、標準解像度版ばかりなので、仕方なく標準解像度も表示できる機種に・・・
標準解像度での利用が多くなってしまった。もったいない・・・


PC−9801RA

NEC初の32ビットパソコン。Windows/386(Ver.2.1の32ビット版)DOS版ソフトをマルチタスクで動かしたかった。EXCELが使いたかった。でも使い物にならなかった。
Windows3.0登場。やっとWindowsの時代がきた。でもまだ不安定で仕事に使うにはちょっと・・・EXCELでちょっと大きい表を作ると、最近あまり見かけなくなった「一般保護違反」の嵐。努力が水の泡。
Windows3.0A登場。だいぶ安定した。でもまだ仕事で使うのはきついな〜。
待望のWindows3.1登場。やっと、WindowsとEXCELで仕事ができる。でも、重たいな〜


PC−9801NS/E

初めて買ったノートパソコン。モノクロ。Windows3.1までは使えた。


PC−H98 U90

486を使ったハイレゾPC拡張バスにNESA採用。でも生産量が少なく高価でもあって普及しなかったな〜。IBMのPS/2と同じ運命だ。等分の間これでだいじょ〜ぶだと思ったんだけど。NECには、もうだまされない。マイナーチェンジでごまかすな。
もうWindowsの時代になりつつあるのに、社長自らテレビに出演しDOSのワープロソフト持ち出して、スクロールが早いだって・・・ああ、あきれちゃう。
取引先がパソコンを入れた。インストラクターが何と、教えてる最中に大切なデーターをきれいさっぱり消してしまった。フロッピーディスクは、「256だから使えない。」などとおっしゃったそうだ。フォーマットすれば使えることぐらい知らんのか!!ほとんど素人だ。


SYSTEMWORKS I5C

ついにAT互換機の世界へ・・・Pentium90MHzの威力。Windows3.1もスイスイだ。そして、Windows95登場。 WindowsNTも3.5からチャレンジ。OS/2も使ってみた。うーん、重たい。ここから、自作機の世界にのめりこんでいく。ODP、グラフィックス ボード、マザーボードも交換。余った部品で2世誕生となった。


SANYO WinkeyMBC-S700

Windows95が快適に使えるノートパソコン。フロンティア神代で、OEM製品を注文したのだが、HDDの品不足のため納期が遅れに遅れ、しかも、 SANYO製品そのものが届いた。CPUも簡単に交換できるとのことだったが、その後どうなっているのか???中がどのようになっているかも調べたことが 無いので良くわからない。メモリー32MBで、Windows98もそこそこ動いている。


PC−9821V10

一体型パソコン。なぜこんなの持ってるかって?パソコンのサポートをやろうと思い立ち、パソコン教室に行った事も無いのでどんなものかと思っていた矢先 に、ホテルでのパソコン付1泊2日研修の案内を発見。その時のパソコンがこれだ。研修では、10台のパソコンのうち2台が初期不良。NECのパソコンもひ どいもんだ。最初のうちは、大人しくしていたけれど、そのうちにインストラクターにもわかってきて、とてもやりにくそうだった。インストラクターのお姉さ んごめんなさい。でも、販売店の人が、ろくにWindows95の操作方法も知らないのに驚いた。これでパソコン売ってんだから、買わされた人がたまんな いな〜。そのころのパソコンショップの店員の決り文句。「Windowsだから簡単です!!」(??今もおんなじ?!)
性能?キャッシュも無い、HDDも内蔵で増設できない。MIDIは再生できない。スピーカーも外から見ると2つついていそうだが、1つしかついていない。 CD−ROMも遅い。ディスプレイも14インチで今時珍しいぐらいの見事な曲面ディスプレイ。166MHzのODPを付けているが、CPUの性能は生かし きれない。ISDNボードがついていたが、今ははずしてしまって使っていない。


GATEWAY2000 GP6−400

なぜGATAWAYか?私の教室で使っているのが、GATEWAY2000G5-133。値段もお手ごろで、性能が良い。おまけソフトがついていない。 (おまけソフトなどは、使えないものばかりでごみ同然)プログラム開発などにパワーのあるマシンがほしかった。SUPER−COWと命名した。Word, Excelを使っている限りでは、あまりパワーを感じないが、3Dグラフィックスソフトを動かせば、うそのようなスムーズさ。さすがだ。486マシンから Pentiumマシンに切り替えたときのような感動は無いかな。

 

自作機時代

この後、DOS/V自作機時代に突入。教室のPCも中身はすべて変わってしまった。最新のPCのCPUは、Core2Quadになっている。

 

ノートパソコン

イイヤマの代理店をやっていることもあり、イイヤマのノートPCを購入。 その後、B5のLet's Note、NECのBTOノートそして、B5のLet's Note W4 のあと現在は、A4のLet's Note Y5を活用している。

 

憧れのMac

OSX10.5 Leopard登場を待つようについにiMacを購入。Macの世界に足を踏み入れた。

 

・・・続く・・・・

 

 
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